魔法のみず   + Scene 1 +




「マジだって。
 そのバーに行くと100%の確率で落とせるんだって」
「ふん」
「騙されたと思って、一回行ってみ!
 お前、何連敗してんだよ」
「大きなお世話だ」
「なんなら俺が連れて行ってやってもいいぞ」
「女口説くのになんでお前を連れて行かねえとなんねぇんだ」
「いや、さあ。
 カヤの奴がさ、あそこのマスターを気に入ってんだよ。
 また連れて行けって煩せえんだ…」
「それと俺とどう関係があんだ」
「二人っきりで行った日にゃ、こっちの立つ瀬がないんだよ。
 なんてったって、女達がよぉ、メロメロなんだわ〜」
「そんなとこ行って本当に落ちるのか?」
「ああ! 間違いねえ!!
 現に俺だって…」
「ん?」
「いや、なんでもねー。
 とにかく、スケジュール組むからな、一度俺に預けてみろ!」
「俺ぁ、どうでもいい…」
「じゃ、また連絡すっから。
 携帯、充電しとけよ!」



休憩中の会話である。
同じ会社に勤めるウソップとは大学時代からの付合いで、面倒臭がりなゾロの世話を甲斐甲斐しく焼くのは今に始まったことではない。
二人ともいたって普通の青年で、色気もそれなりに備わっている。
ウソップは大学時代からの思い人と最近うまくいったと聞いていたが、そんな裏事情があったのか…。
恋人宣言のニュースは同窓生にちょっとしたパニックを与えるほどの衝撃だったのだから。



ゾロはウソップほど女に不自由してないと自分では思っている。
自分から声を掛けなくてもそこそこの女が言い寄ってくるのは学生時代から変わらずだ。
そして取り敢えずデートをしてみるのだが、その後がいけない。
殆ど最後まで行き着くことができない。
そう、所謂ベッドイン――。

ゾロは元々誑しではない。
自分の口で口説いてどうのこうのが苦手であった。
それでもゾロの風貌とどことなく思慮深い雰囲気に、女性の方で淡い夢を抱いて近付いてくる。
そこでうまく立ち回れば、よりどりみどりなはずなのだ。
それができないところにゾロの不器用さがある。

細かいことは面倒で、人生、殆ど原始的な欲望だけで生きている。
それで困ったことなどないし、何度失敗しても女性から寄ってくるのだから、いつかはうまくいくだろうくらいに思っていた。
それに…、と最近自分で自分を訝しむ節もある。

男としての欲が他人のそれほど強くないのかもしれない…。

ゾロにしては珍しい自己分析であった。



ウソップはああ言っていたが、そんな店はお断りだとゾロは思っていた。
ちゃらちゃらと女を相手にしてる奴は虫ずが走るほど嫌いだ。
ましてそんな奴に自分の恋の橋渡しを頼もうなんて真っ平だった。

ウソップの誘いなんか絶対に断ってやる、と手の中の箸を思わず握り折ってしまった。



ウソップから連絡があったのは、それから間もなくのことだった。
間のいいことにか、悪いことにか、その時ゾロは一人の女性とデートの約束を取り付けたところだった。

今年入社の秘書課のナンバーワンアイドル。
重役の一人に書類を届けに秘書課を訪れたところを見初められたそうで、社内メールで声をかけてきたのは、やはり向こうからだった。

真面目で丁寧な文章と、ゾロに好意をもってくれているといった内容。
ゾロはまんざらでもない顔をして、隣の席の同僚にその送信相手の名を告げた。
「…知ってるか?」
「お前、知らねえのかよ!」
「女の名前、いちいち覚えてらんねえ」
「かー!!
 ふざけた奴だなー。
 秘書課のかわいこちゃんだろ?
 お前も噂くらい耳にしてっだろうが」
「う〜〜〜ん。覚えがねえなあ」
「相変わらず腹の立つ奴だ。
 ともかく、デートに誘え。
 会えば分かる。
 あの子がお前のものになるかと思うと腹立たしいが、あの子がお前に惚れたって言うんなら、仕方ねえ。
 俺はあの子の幸せを祈るだけだー!!」

その後、同僚のお陰でゾロの課はもちろん、相手が超有名新人だったこともあり、社内で知らない者がいないくらい話がひろまってしまった。



こういう事態でとんでもない結果を招いては、このまま社内の噂は自分への批判にとって代わるだろう。
下手はできなくなっていた。

そこにウソップからの連絡。
渡りに船とはこのことで、あんなに固くした決意も既にどこぞへ飛んでしまっていた。



「ゾロ、聞いたぞー。
 そのデート、俺様が預かった〜!」
「っち」
「あーあ。
 なんてー返事だよ。
 お前の窮地を俺が救ってやろうってーのに」
「窮地だと?」
「まあまあ、ここはこのウソップ様に任せてお前はでんと構えてりゃいいんだよ。
 あんな可愛い子が彼女になるんだぜ!
 社内のゴールデンカップル間違いなしだな!」
「勝手なこと言ってんじゃねぇ!」
「とにかく、彼女も最初っからお前みてえな奴と二人きりじゃかわいそすぎる。
 大事に持ってこうぜ」

そこまで押し切られてしまい、もう断るのも面倒になったゾロは、ウソップの告げた場所と時間を彼女のアドレスに送信した。



――当日。
淡いピンクのワンピースに身を包んだ、愛らしい女性とウソップの彼女のカヤが待ち合わせ場所に一緒にやってきた。

聞けばカヤとは学生時代の先輩後輩らしい。
女同士で賑やかに話す様子は和やかなムードを作っていた。

「いい感触じゃねえか」
ウソップがゾロを肘でつついた。
「そうか?」
口ではそうは言ったが、ゾロもまんざらでもなかった。
女性は評判通りの可愛らしさで、朴念仁のゾロでさえも、いいんじゃねえのと思ってしまうほどだった。
その上、初対面(実は社内で会っているらしいのだが)の固さもカヤやウソップのお陰でないようだから、今夜はそんな場所に行かなくてもなんだかうまくいくような気がしてきた。

「おい」
ウソップの小声に同調してゾロも隣にだけ聞こえるように小声を出した。
「なんだ?」
「別にそんな店に行かなくてもうまくいくんじゃねえのか?」
「それだから、お前は詰め甘いんだ。
 女なんて二人っきりになるとまた変わっちまうぞ。
 そこまでにムードをきっちり作っておくんだよ。
 いいか?
 これから食事して、例のバーに場所を移すからな。
 そこからが勝負だと思え。
 俺とカヤもそっからは手助けできねえからな。
 気ぃ抜いてっと残念な結果が待ってるぜ」
「あぁ…」
ゾロの気のない返事はウソップを更に苛立たせたようだったが、もうそれ以上ウソップからの忠告はなかった。



予定通り食事を終え、散歩がてらゆっくりと夜道を歩いていくと、自然、ゾロの隣には彼女がいた。
遠慮がちに距離をとる女性がもどかしく、腕がぶつかったのをいいことにぐいっと女性の手を握ってみた。
「痛っ!…」
「あ、悪ぃ」
「いえ」
折角近くなった距離が少しまた遠くなってしまった。

ウソップが睨んだ顔で振り向いている。


詰めが甘いか…。


それ以上、どうすることも考えられずに、結局前を歩くウソップ達が立ち止まるまで、ある程度の距離を置いて並んで歩くのがせいぜいだった。

「着いた、ここだよ」
ウソップが彼女に向かって優しい声を出している。

ふん。
生意気な店だ。
今時の軽い雰囲気でないところが、店を感じよく見せている。
重そうな厚い扉が入店する者の気持ちを落ち着かせる。

店に入ればまた趣がまたがらっと変わり、ゾロは思わず辺りを見回していた。





ここは、海の中なのか…?





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