魔法のみず   + Scene 2 +




照明を落とした薄暗い店内。ここはサンジの城であった。
ブラックライトと、ブルーの照明が照らす店内はサンジの拘りの一つだ。
更に言えば、カクテルの色合いを楽しむ為に客の手元に当たる辺りはダウンライトで若干明るくなっている。

そう、ここは所謂、バーだ。

たまにはバイトを入れる事もあるが概ねサンジが一人で切り盛りしている。
世の女性達をこよなく愛するサンジがここに来てくれた彼女達に至福のひと時を提供する。
あくまでオーナーであり、マスターであり、バーテンダーである立場上お客に向かって口説くような野暮な真似はしない。
ただただ、雰囲気と酒に酔い心地良く過ごして貰いたい。そんな想いだけでこの店を始めたと言っても過言ではない。
この際、連れの男性客や一人で来店する男たちにも仕方が無いから丁寧に接客する。
あくまでもサンジの中での主役は女性。
その為なら野郎相手に愛想笑いの一つくらい安いもんだ。

──に、したってよ。あんまりじゃねェ?

どこからどう話が転がっているのか、それはサンジには全く分からないが、その女性至上主義が招いた結果なのだろう。
いつしか、この店で女性を口説けば100%堕ちる。などと言う噂が流れている事をサンジは知っていた。
別に、取り持ってやる気など更々無いし、ましてや人の恋路に口を突っ込む趣味なども無い。

──レディに気分良く過ごして貰いたいだけなんだけどなぁ。

全く、何が悲しくてこんな可愛い娘達と野郎どもの仲を取り持ってやんなきゃなんねェんだ。
心中はいつもそう、毒づきながらもそこは客商売、見事なまでの微笑を口元に湛えてサンジは日々、仕事に励んでいた。





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「いらっしゃいませ」

静かな、会話を邪魔しない程度に囁く言葉。

入って来た客はカップルが二組。その片方の男女にサンジは見覚えがあった。
カウンターに男二人を挟む形で腰掛けた彼らにお絞りとメニューを渡しながら思い返す。
深窓のお嬢様タイプで可憐な美女だったから余計に覚えている。これまた連れの男が本当に人間かよ?と聞きたくなるぐらい鼻が長かったせいもあるが。
このカップルも先日ここに来た時はまだ、付き合ってはいなかった筈だ。
確かに人は良さそうな男だがこの美女がコイツ…?そうは思っても仕方が無い、仕事なのだから。
今日の様子を見ていればこの二人どうやら上手くいったらしい。
サンジの心中は色々と複雑だったがそんな事はおくびにも出さずオーダーを待っていた。

一応置いてあるメニューだが、ここに来る客の殆どはサンジがその時々の女性の髪色や着ている服の色などからチョイスして出されるカクテルが目当てだ。
男性はそうでもない。やはりカクテルは甘ったるいなどと言って敬遠する者も多いから。

「何にする?カヤ」
「そうですね、マスターにお任せします」
「じゃあ、俺も」

来店二度目のカップルはそう言ってメニューをサンジに返した。
もう一組のカップルはどうするのかと、そちらへ目をやれば、緑色と言う珍しい髪色のいかつい男がメニューを見て眉間に皺を寄せている。

──まァ、カクテルにゃ縁が無さそうだもんな。

助けを出すような事もせずただ黙って待つ。緑頭の男はメニューを睨んで知ってる名前を見つけたのか眉間の皺を取ってサンジにオーダーを入れようとした。

「俺はバーボン、ロックで。彼女には…スクリュードライバーなんかどうだ?」

サンジは内心呆れ返ってしまった。

──分かりやすい奴だな…。いきなりかよ。

確かに“レディ・キラー”とも呼ばれる事もあるそのカクテルは飲みやすさの割りにキツイのは余りにも有名な話だ。
そんな思いは顔には全く出てはいなかったが、サンジの気持ちを代弁するかのように横から鼻の長い男が緑頭の男に耳打ちしていた。

「おい、ここは騙されたと思ってお任せにしとけ!お前は何でも好きなの頼みゃいいからよ」

──人聞き悪ィな。騙されるってなんだよ?俺はんな事しねェっての。

勿論これも表にはまるで出さない。
にこやかに微笑を口元に浮かべたまま、“では、お任せ下さい”と告げ、メニューを受け取った。




「どうぞ。カヤさん、でしたよね?」

すっと、差し出されるカクテル・グラス。中には赤みの強いカクテルが満たされていた。
サンジが名前を覚えていた事に僅かに瞠目しながらも小さくカクテルの名前を尋ねる女性。

「これは?」
「ブロンド・ヴィーナスです」

囁かれた言葉にほやん、と顔を赤らめる。その様子に慌てて隣の男が会話に入って来た。

「で、でもよ?これ、ブロンドじゃ…」
「でも、この間のプラチナ・ブロンドだって実際は白かったものね、ウソップさん」

全てを言い終える前にやんわりと彼女に窘められては黙るしかないのだろう。
そうこうしている間にサンジは次のカクテルを作るべくシェイカーを振る。

微妙な空気が流れていたカップルの間にもう一つグラスを。
視線で問われたカクテルの名前を二人だけに聞こえるよう、身を乗り出して囁いた。

「ラヴィアン・ローズ。…薔薇色の生活…でしょう?」

今度は二人して顔が真っ赤だ。してやったりのサンジだがあくまで表情は薄く微笑を浮かべたままで。
次に出されたグラスはシャンパングラス。
美しいピンク色のそのカクテルを緑頭の男の隣の女性に差し出す。
“本来は食前酒なんですが貴女にピッタリなので”と言葉と微笑みを付け加えて。

「うわぁ、綺麗。これは何て言うカクテルなんですか?」
「エンジェルです」

そう告げると暗い照明の中でも分かる位女の子は頬を赤らめて俯いてしまった。
その様子が面白くなかったのだろう。
緑頭の男は仏頂面だ。

──誰も取りゃしねェよ。てめェにも還元されるんだから。

あんなチョイスの仕方では気があったって幻滅されるのがオチだろうから。

──そこで更に上手い口説き文句の一つでも言えるのがいい男ってもんだぜ?

見事なまでのポーカーフェイスに隠されたサンジの心の中での毒舌を知る筈も無く男達は小声で何事かを話していた。

「な?これがあるからよ。女共はメロメロになっちまうみてェなんだよな」
「へェ」

そんな会話を聞こえない振りをしながら作ったカクテルを緑頭の男に。
カクテルが出されるとは思わなかったのだろう。怪訝そうな顔でサンジを見ていた。

「デザート・ヒーラーです」

意味も分かっていないだろうが出されたグラスに早速手を伸ばす。

──その辺もなってねェな…。

隣に居る女性を気遣う事もない。その癖、目だけは飢えたような光を放っている。
デザート・ヒーラーとは『砂漠の治療師』と言う意味。そこから『喉の渇きを潤す飲み物』と言う意味合いを持っている。
余りにがっつき過ぎなこの男へのサンジなりの嫌味だったのだが。どうやら通じていないようだ。

予想に違わずごくごくとあっという間に飲み干した男に次のオーダーを目で問いかける。

「次はバーボン、ロックで」

その言葉に“そっちの方が似合うよな、確かに”と、失礼な事を考えながら。

「銘柄は?」
「フォアローゼス」
「三種類ございますが…」
「あ?」

三種類の瓶を指し示し聞き返す。

「…じゃあ、そっちの奴」

メジャーなイエロー、ブラックと少し高級感溢れるもう一つ。見た事が無かったのか若干躊躇して。
“ま、確かに瓶ごと一気飲み、とか一升瓶と湯呑みとちゃぶ台の三点セットのが似合いそうだ”更に失礼な事を考えていたが。

「プラチナ、ですね」
「あ、あぁ…」

塊の氷から適当な大きさに砕いた氷を手に取る。
短いアイスピックで丸い氷を作る。
最近ではロック用の丸氷は簡単に手に入るようになってはいるのだがサンジはアイスピックで自ら作り出す。
ふと、視線を感じてそちらを見ると緑頭の男がサンジの手元を食い入るように見詰めていた。
良くある事なので気にも留めず氷をグラスにピッタリ納め、酒を注ぐ。
グラスを差し出した時、男が身動きもしなかった状態から融けるように体の強張りを緩めた。


+++++


他の客に接客していたのでカウンターの二組のカップルはその後放置状態だったのだが。
どうやら出来上がった方のカップルはいい感じらしいがもう一組はどうにもぎこちない。
サンジは先程、嫌味ったらしいカクテルを出してしまった事を少々反省して女性の方がレストルームに立ったのを見計らって緑頭の男に小声で話しかけた。

「アフロディーテ」
「あ?」
「次に彼女に出すカクテル」
「?」
「美の女神の名前。貴方からだと彼女に言ってあげれば喜ばれるんじゃないですか?」

ここまで言えば、幾らカクテルに疎い男だろうとサンジが言っている意味は分かるだろう。
丁度彼女が戻って来たので会話はそこまでで止められた。
シェイカーを振り、カクテルグラスをオレンジ色で満たす。
席に着いた彼女の前にそのグラスを差し出せば当然、サンジに向けられる問いかけの視線。
ニッコリ笑って、隣の男を視線で示しサンジは彼女達の前からそっと離れた。




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