魔法のみず   + Scene 10 +




──なぁんか、ほっとけねェんだよな…。


さっきまで、訳の分からない行動を取っていたのにいきなり暗雲を背負い出したゾロに声を掛けた。
機嫌の降下した理由はよく分からないが腹も減っているらしい。
腹が減っていてはまとまる考えもまとまらないだろう。
そう考えてサンジは食事を出してやった。

この間はオムライスを有り得ない勢いでかっ込んでいたが、多分和食好きだろう。
そう睨んで出してやった物はいたくお気に召したらしい。

サンジはカウンターの内側で棚に凭れ、その様子を満足気に見守っていた。
自分の読みが当たった事を喜びながら。


──コイツ、旨そうに喰うよなぁ…。


さっきまで、どこか飢えたような目をしていた。
それはサンジが最も苦手とする表情で。
ゾロが一口咀嚼するごとにその瞳の色は飢えから解放されていく。
ついついただただ、じっとその姿に見入っていた。

食べ終わりきっちり手を合わせる様まで気持ちがいい。
もう、さっきまでのように機嫌も下がってはいない様だ。

ふと、こちらを見上げて来たゾロと目が合って我に返った。


──いや、俺、何見惚れてんだ!しかも、ほっとけねェって何だ!


いつもの癖で顔に出していないとは思うが心中ではかなり動揺してセルフ突込みまでしていた。
だが、何故か目が離せない。身動きすら出来なかった。


隣の席の女性から声が掛かり、助かったとばかりにそちらを向く。

あの、人外の鼻を持つゾロの友人がそこには居た。
連れている女性が、前と違ってもそこはこういう商売の習いで口にも態度にも出さない。
だが、ゾロにとってみればそうは行かないようでなにやら押し問答を始めた。

どうやら、店内では話は済まなかったらしくその夜は鼻の長い男に引っ張られるようにしてゾロは帰って行った。






+++++






二日と開けず、また、ゾロはやって来た。

「今日は?またメシか?」

多少の嫌味も籠めて尋ねる。
大体ココは酒を飲むところで飯屋ではない。断じて。
余りにも旨そうに食うものだからついついまた作ってやりたくなる自分の気持ちも牽制しての事だったが。

「食っては来たけど、食いてェな」

そう言われると、弱い。
サンジは仕方なくを装いつつもカクテルを一杯、シェイクし、ついとゾロの前に滑らせた。

「ま、客も少ねェし、作ってやってもいいぞ?これでも飲んで待ってろ」
「これは?」
「アピタイザー。…まんま、食前酒だ」

それだけ告げてサンジは奥へと引っ込んだ。
手早く調理を終え、カウンター内に戻った時には当然ゾロのカクテルグラスは空になっていた。
期待に満ちた視線が若干居た堪れなくてちょっと目を逸らしつつ皿を差し出す。

「今日はパスタだ」

蒸し鶏の梅シソ風味。
先ほど出したカクテルに使ったオレンジジュースも酸味が強い物を使ったし、違和感は無いだろう。

またしても有り得ない勢いでがっつき出し、一応要るかと思って水の入ったグラスを差し出す頃にはすっかり平らげていた。

「旨かった。ご馳走さん」
「あ、あぁ…」

ヤバイな。またほけっと食事を取る姿を眺めてしまっていたサンジはそう思う。
何で、こう、見目麗しくもなんとも無い男に目を奪われているのか。


──旨そうに食う、こいつが悪ィ。


この店を開いてからはサンジが料理を振舞うのは身内や昔からの友人のみで。
勿論その人たちからの賛辞も嬉しいのだが、やはり慣れは存在する。
嗜好に合わせて試行錯誤する。その行為が久し振りで楽しいからなのだろうと結論付けた。

「で?今日は何を?」
「お前ェ、飲めるか?」

間髪入れず聞き返された。
サンジは店内を見回してから、その問いに答える。

「ん〜、ま、いいだろ。頂くぜ?」
「そうか。なら、俺はジン」
「そのまま?」
「そうだな、ライムぐらいなら入ってもいい」
「分かった。銘柄は?」
「あまり沢山は知らねェ」

女性を連れていないせいなのか、多少、気安さが出てきたのかは知らないが正直に答えるゾロに僅かに目を細め頷く。


──いい傾向だ。本来、好きなもんを好きなように飲むってのが正しいんだよな。


そんな事を考えつつサンジが出して来たのは綺麗なブルーの四角いボトル。
ロックグラスに注いで氷を入れ、甘いのは苦手だろうと推察して生ライムを搾る。
当然飾りのライムなどは添えない。

「ん」
「おう」

短い遣り取りを交わしゾロはグラスに手を伸ばし、その動きを一瞬止めてサンジに言った。

「お前ェのは…」
「あ?」
「ブルー・エンジェル」

何だ?また始まったよ。訳の分からない行動が。
そう内心思いつつ、一応客に頂くものなので文句も言えず。


──ま、ブルー・デビルって言われなかっただけマシだと思うか。


そう自分を慰めてシェイカーを手に取った。
カクテルグラスに注がれるのは天使の名を冠している割にはダークな感じがする青灰色。
バイオレットの微妙な香りを楽しんでからゾロに一言告げた。

「悪ィな、いつも。頂くぜ?」
「あ、あぁ」

一気に呷るほどではないが結構なスピードで飲み干す。
それから暫くは、他の客の接客や給仕で飲んでいる余裕は無かったし、ゾロの行動について深く考える暇もなかった。

ゾロのグラスが空になった頃だろうとゾロの前に戻る。

「同じのでいいか?」
「あぁ、頼む。このジン、旨いな」
「ボンベイ・サファイヤだ。結構どこでも手に入るぜ?」
「ふーん」

再びグラスを差し出し、一息入れようとカウンター内で分かり辛いようには気をつけて腰を壁際に預ける。

「おい」
「あ?」
「ピュア・ラブ」
「誰が飲むんだ?」
「お前だ」

言われた通りにはするが。
だがどうしても大きな溜め息が出るのは抑えられない。
何だって、こんな野郎に“初恋”をイメージした可愛らしいカクテルを頼まれてるのか。

「…頂くけどよ?頼むから俺で練習すんな」

薄いオレンジ色で満たされたグラスを手に持ってそう言い放ってやる。
エースにしろゾロにしろそろそろいい加減にしてはくれないものか。

「練習じゃねェ。現実だ」
「は?…初恋が?」
「…あ〜そうかな?」
「何で俺に聞くんだ…。知らねェよ」

脱力しつつも、重ねて反論もしておく。

「や、だから、その相手にすりゃいいじゃねェか」
「だからやってる」
「………」

答えは返さず、とりあえず洗い物でも始めてみた。
だってどう答えろと言うのだ。
意味は分からないし、明確な何かを言われたわけでもない。


だが、ゾロの奇妙な行動は止まる事がなく。

「じゃ、次は…ビトウィーン・ザ・シーツな」

もはや溜め息しか出ない。


どうやら随分、勉強して来たらしい。
確かにこの間はカクテルについてもう少し勉強してくれば? みたいな事は言った。
その、心意気はいい。
だが、やはりどこかマニュアルどおりで有りがちだ。
選ぶカクテルがどうにもこの男に似合っていない、と言うか、自分で考えた事に基づいての行動ではなさそうな事にサンジはイラついた。

そんな、イラつきには気付かずゾロはまだ、重ねてオーダーを通してくる。

「イヴズ・アップル」

今までよりはやや、マニュアルから外れたような名前が出されてサンジは僅かに瞠目した。
だが、これについても言ってやりたい事は山ほどあって。


──誰がイヴだ?俺か?
  じゃあ、てめェは蛇か?
  それとも、知恵の実を食わされんのを待ってるアダムかよ?


“イヴのアップル” 言わずと知れた知恵の実の事だ。
心の中で呟いていたつもりがどうやら口に出ていたらしい。
少々驚いたようにこちらを見ているゾロと目が合ったが、バツの悪さより先にイラつきの方が立った。

サンジはシェイカーに手を伸ばし材料も集める。
同じバイオレット・リキュールでも今回は銘柄は限定だ。
紫の強い物ではなく、青。

それを使って美しい青のカクテルを作る。
いつもの様に飾るはずのチェリーは省略だが。

「ブルー・ムーン」
「?」

勉強したならこのカクテルの意味合いぐらい知っているかと思ったが、それは杞憂だったらしい。
まぁ、このカクテルには何通りかの意味があって、深読みされても困るし助かるが。

意味を問いた気なゾロににやんと笑って見せて、そのカクテルに籠められた意味を告げる。





「出来ない相談……だ」



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