魔法のみず   + Scene 3 +




海の中を泳ぐ、金色の魚を見ていた…。



ゾロにとってこういう場所は不慣れで、居心地が悪かった。
ところがカウンターの中の男を見るうちになんだか気が楽になってきて、隣の女性とも会話が続くようになっていた。

不思議な感じがした。

女性を口説くというより、気を遣わず、自然に振舞うことができる…。
そんな空気を生み出しているような気がする…あの男は…。


「このカクテルは?」
「あぁ、アフロデーテ。美の女神…」
「まあ…」
言われた彼女は、視線を飲物に移しうっとりと眺めている。

「って、あいつが言ってた」
「え?」
「奴が気を利かせて、俺からだってことにしたかったらしいが、俺にはそんな芸はねえ」
「くすっ、くすくすくす…」
「? ……なんだ?」
「正直なんですねぇ、ロロノアさんは」
「あ? 言えねえもんは、言えねえ。そんだけのことだろ?」
「ふふっ。そういうの…いいですネ」
「笑うな…」
「あ、はい…。くすくす…」

ゾロと女性がなんとなくいい雰囲気になってきたのにウソップも気付いていた。
もうそろそろいいだろうと、カヤと二人で席を立っていた。

「おい、俺達出るから…。
 お前はちゃんと彼女を送って行けよ」

「あ、じゃあ私も…」
「そうか」
ゾロにとってはこれくらいの酒で満足することはなかったが、ウソップが最後に寄越した視線は女性を送るのが当然のことと告げていた。


勘定を済ますと金髪の男がにやりと口元だけで笑っていた。
男にしか伝わらないその笑い方に、何故だかカチンときた。

「俺ぁ、そんなつもりでここへ来たんじゃねえぞ!」
目の前の男の胸ぐらを思わず掴み上げていた。
金髪はへらへらと驚く様子もなくすまし顔である。
「じゃ、どんなつもりなんだ…?」
ゾロと相反して、男の声は小さく周りに聞こえない。

連れの女性が怯えたようにゾロを見上げていた。
「クソっ…」
そのまま乱暴に扉を開けると店の外へ出て行った。

訳も分からず腹が立つ。
奴の口元が野卑て見えたのは、自分の思い込みかもしれなかったというのに、思わず大声を出てしまった。


…何故?

誤解されたくなかったからだ。

…あんな見ず知らずの奴にどう思われようといいじゃねえか…?

そうだ、あんな奴。
もう二度と会うことはないのに。


かなり思いに囚われていたのだろう。
駅に着き、灯りに煌々と照らされる場所にきて初めて、ゾロは周りを見る余裕ができてきた。

「ロロノアさん、私はここで…」
「お前…。ずっと後ろを付いてきてたのか?」
「えぇ。
 なにか考え込んでいらっしゃったようなので…。
 …歩くの速いんですね」
女性は汗を滲ませ、肩で息をしていた。
「今日は楽しかったです。
 また、会って頂けますか?」
「あ? あぁ…」
「じゃ、おやすみなさい」

ペコリとお辞儀をして、改札へと消えていった。


あとに残されたゾロは彼女の消えた人混みをぼんやりと見つめていた。
そこにピンクの残像ではなく、金色の片影を探している自分に気付き、我に返った。

何を考えてんだ、俺は…。

ゾロは頭を冷やす為、電車には乗らず、線路に沿って歩き始めた。




ゾロと女性が付き合うことになったというニュースはあっという間に社内に伝わっていた。
課内の社員にからかわれ、ウソップからも『俺様のお陰だな』とメールで連絡が入ってきたが、ゾロとしては釈然としない心持ちだった。

何かが引っかかっていた。
それが何かは分からないが、女性と付き合うことになったという浮かれた気分でないことは確かだった。

それでも次のデートの誘いがくる。
女性からのメールは今度は二人で映画でもと、楽しげに綴られていた。
断る理由も差してなく、ゾロはその後もデートを重ねていった。



ある日――。
「よぉ! 色男!!
 全男性社員の羨望の的だな」
「ん?」
「あーあ。
 そんな間抜けヅラでデートん時もメシ食ってんじゃねえだろうなぁ」
「ほっとけ」
「で、どうなんだよー、彼女とは?」
「どうも何も、たまに会ってる」
「それで?」
「それだけだ」
「しらばっくれるなよ。どこまでいってんだ、お前ら」
「あぁ。お前が期待するようなことはねえな」
「はぁ? なんだよ、それ…。
 あ、お前、失敗続きで遠慮してんのか?
 ゾロでも学習すんだなー」
「てめえ、ヤキ入れられたいのか?」
「いやいや、ゾロ君。
 俺はそんなつもりじゃ…」
「だったら、黙ってメシ食え」
「……でもよぉ、ホントに何にも手ェ出してねぇんだな?」
「……」
「お、怒らずに聞けよ。
 俺達と最初にデートしてから、何ヶ月経ったと思ってんだよ。
 そろそろ、彼女の方でも期待してんじゃねえの?
 お前さー、いっつも最初のデートでいきなりホテルに連れ込もうとして何度も振られてきたじゃねえか。
 今回は慎重にいってんのは分かるけど、慎重すぎんのも何だぞ…」
「うるせぇな…」
「うるせぇって…!
 お前、どーかしちゃったのか?!
 お前も健康な成人男子だろ?
 っていうか、そんな臆病モンは本当のロロノアくんじゃないぞ!!」
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねえ。
 俺は食いてえから食う。
 ヤりてえからヤる。
 そんだけだ。
 その気もねえのに連れ込むほど、飢えちゃいねえよ」
「や、ゾロ。
 それはやっぱ変だって…。
 お前、彼女のことは気に入ってんだろ?」
「多分な…」
「女と男が好きあって…その気になれねえってどういうことよ」
「好き合ってる…そりゃどんな感じだ?」
「はぁ?
 お前にそこから教えねえとなんねぇのか?!」
「俺は知らなくても、別に構わねえ」
「…はぁ〜。
 もー、どうなってんだよー、お前達はー!」
「いいか?
 彼女を見つめ、手でもじっと握ってみろ。
 お前の中の男の血がきっと呼び覚まされる…はずだ。
 その時彼女の瞳にお前の影がちゃんと映ってたら、Go!だ。
 男だろ?
 決めてこい!!」
「めんどくせぇ…」
「ゾロ〜、一体どうしたって言うんだよー。
 牙を抜かれた子犬みてえになりやがって…」
「煩ぇぞ、ウソップ。
 お前こそ、そんな百面相してっと、消化に悪ぃぞ」
とっくに食事を終えていたゾロは、あっさりとウソップを置いて食堂を出て行ってしまった。


しかし、ウソップの言葉に自分なりの答えが見えそうなゾロだった。

相変わらず、週末は彼女と食事の約束があった。
いつも誘われるままに付き合っていたゾロだったが、その日は食事のあと、珍しくゾロの方から切り出していた。

「悪いが、今夜はこのあと用事がある」
「そうですか。
 毎週遅くまで付き合わせてしまって、ごめんなさい」
「それは構わねえ。俺も大概暇だ」
「ロロノアさんといると、気取らずについ喋りすぎてしまって…。
 なんだか男性とデートしてるって感じじゃない…あ、ごめんなさい」
「いや」
「じゃ、私はここで。
 駅はすぐそこだから、大丈夫です」
「そうか」
「…ロロノアさん」
「あ?」
「その用事、いいことなんじゃありません?」
「?」
「今日のロロノアさん、なんか嬉しそうです」
「そうか?」
「何かしら? ちょっと妬けます」
「そんなんじゃねえ」
「分かってます。
 貴方がいい加減な方じゃないってことは…」
「悪ぃな、今日は」
「いえ。
 じゃ、また」

にっこりと手を振り背中を見せる彼女にゾロは無意識に目礼していた。

何故彼女じゃないのだろう…。
自分の興味を惹く相手はいったい誰なんだろうか…。

それをこれから確かめに行く。



あの、蒼い海の中へ…。




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