魔法のみず   + Scene 6 +




「で、さぁ?俺のメシ出来た?」

エースの賄いを作りに奥に引っ込んでいる間に本人は脳天気にも客とお友達になっていた。
人懐っこいエースには良くある事だがここまで短時間なのは珍しい。
昔から、知った顔だと言うのは本当なのかもしれないな、とサンジは思った。

あくまでも慇懃にゾロと呼ばれたその客に確認を取り納得する。
とりあえず、いつでもそんな調子では困るので蹴りを喰らわせておく。
その行為も客の前で行うのはどうかとは思ったが友達だと言うなら構わないだろう。
一発キツイお灸を据えた所でその男が笑い出してしまったのでそれ以上の事は出来なかった。

そこでエースが思い出したように言ったのが冒頭の一言だ。

「あ、あぁ。出来てるぞ、食って来いよ」
「それなんだけどさぁ〜、コイツにも作ってやってくんねェ?」
「は?」

何を突拍子もない事を言い出すのか。呆気に取られてエースの顔をまじまじと見てしまう。
幾らサンジがコックとしても修業を積んでいるとは言え、ここではそのようなメニューを置いていない事は重々理解しているはずなのに。

「いや〜、サンジのメシが旨い事をね、言っちゃったんだよ。それで俺だけ奥で食ってたら自慢だけしたみたいで俺、ヤな奴みたいでしょ?」

あっけらかん、とのたまうエースにサンジは脱力する。

「…俺には今、ちょっとヤな奴だけどな?」

小さく呟いたのも聞こえなかったようだ。勿論聞かせるつもりはなかったが。
何が嫌だって、もう一回一から作る手間が。
もっと早くに言ってくれれば一度の手間で済んだのに。
サンジは溜め息をついて、カウンターに向き直り男に尋ねた。

「簡単な物しか出来ませんがよろしいですか?」
「…ああ、悪いな」
「…いえ」

了承されてしまっては作るしかない。サンジはエースの方に体を向けた。

「…冷める。早く、食って来い」
「は〜いvじゃあ、ゾロお先〜」

スキップでもするかのように浮かれた足取りでエースは奥に向かう。
その背中を見送りもう一度小さく溜め息をついたサンジにカウンターの外から声がかかった。

「…同じ物作るなら普通、客の方に先渡さないか?」
「…え?ああ、出来立てを召し上がって頂きたいですから。今の遣り取りの間に冷めたかもしれませんし」
「そうか」

一瞬、気まずいような沈黙が二人の間を漂う。
サンジにとっては慣れた沈黙でも、そんな空気が慣れないのか男はあちこちと視線をうろつかせていた。

散々彷徨った挙句、きっと喧嘩でも売るかのように見据えられ、サンジは一瞬身構えてしまう。
勿論、態度に出さなかった自信はあるが。

「あ〜」
「何か?」

逡巡して口篭って発せられた一言が若干気の抜けた物だったのでサンジは構えていた身を解し何気なく返事をした。

「その、喋り方…やめねェか?」
「はい?」
「タメ口でいい」

そう言う訳には行かないだろうと咄嗟には返事は返せない。
何しろこの男は客で、エースとは違いサンジはこの男の事を知らないのだから。

「俺がそっちの方がラクだからそうしてくれ」

返答に困っているサンジに更に重ねて念を押してくる。

「…出来るだけやってはみますが…」

そう、答えるのが精一杯だった。
馴れ馴れしく話しかけてくる客は多くてもサンジの喋り方にまで注文をつけた客は初めてだ。しかも来店二回目で。
この間は怒って帰ったかと思えば今日はタメ口で話せと言う。


──ヘンなヤツ。


丁度その時エースが戻って来たのでそれ以上会話も考えも広がらなかった。

「今日も旨かった〜vvご馳走さん!」
「当たり前だ。俺が作ってんだ」

満面の笑みでそう告げるエースに苦笑しつつ返事して。
エースと入れ替わりにもう一度奥へと引っ込もうとして、擦れ違い様にエースの口元にソースが付いているのを発見して益々、苦笑を濃くして親指の腹で拭ってやる。

「んな顔で表に出んな。しっかりしろよ?お兄ちゃんなんだからよ?」
「あはは、ゴメン〜サンジ〜」

ちっとも悪いと思っていないエースに肩を竦めて見せて奥へと足を向けた。
バーの割には広めに、大きめに取られたシンクやガス台など、これもサンジの拘った厨房。
大した物は注文されないし作れもしないがそれでも料理人でもあるサンジなりの拘りだった。





エースに出した物と同じオムライスを作ってカウンター内へと戻る。
盆に乗せられた黄色を見て男が目を見開いている。

そりゃそうだろう。飲み屋で出てくるとは思えないだろうその皿を男の前にコトンと置き、上に乗っけたオムレツにナイフを入れてやる。
ふわんと効果音が鳴りそうなくらい綺麗に開いたオムレツに更に瞠目している男に微笑んで見せて。

「どうぞ」

エースがセッティングしておいてくれたらしいスプーンを鷲掴み、猛然と食べ始める様を呆気に取られて眺めていた。

「…よっぽど腹、減ってたのか?」

独り言のつもりで小さく呟いた一言に横で佇んでいたエースが食いついて来た。

「食べて来たって言ってたけどサンジのメシなら食えると思ったんだよな〜。大当たりvv」
「は?…食って来た?」
「うん、そう言ってたよ?」
「…あんな、ガツガツ食うヤツお前ら兄弟以外で久し振りに見たぜ…」
「でも、嬉しいだろ?」

こくんと素直に頷いてしまいそうになって慌てて取り繕う。
あっという間に皿を舐めた様に綺麗に平らげてしまった男が一言言わなければそれも成功していただろう。

「ご馳走さん。旨かった」
「…あ、いや、…お粗末様」

謙遜はしてみせてもちっとも成功していない事は自分でも理解している。
何しろサンジは料理を振る舞い言われる“旨い”の一言には滅法弱かった。そしてそれを自覚もしていた。
多分、顔も締まらない事になってるんだろうなぁ、と思いつつも頬が緩むのを止められなかった。

ぽかんと何故かサンジの方を向いたまま固まっている男に緩んだ顔を見せたくなくて。
さっき、この男がしていたようにあちこち視線を彷徨わせているとエースの笑いを含んだ声がした。

「ゾロ。口、拭けば?」

噴出しそうになりつつお絞りを渡している。良く見れば口の周りにはソースが付いていて。
とりあえず、エースには一言お小言だ。

「お前、人の事言えねェっての」
「ん?何の事かな〜、都合の悪い事は覚えてられないんだよね〜」

そんな事より、とするりとサンジの睨みつけた視線から逃げて。

「もう、飲んでもいいよな?洗いもん終わったらサンジに振ってあげるよ」

ちらりとカウンターの外側に目をやれば男が小さく頷いたのが見えた。
その手元に目をやればすっかり空になったグラス。

「何か、食後向きの物でも?」
「ああ、何でもいい。任せる」

そう言われたのでとりあえずシェーカーに手を伸ばす。

「アフター・ディナーです」
「は?」

サンジが差し出したグラスを見遣り、紡がれたカクテルの名前に間抜けな返答が返って来る。
くすり、と小さく笑って。

「いや、そのまま。食後向き。消化を助けるカクテルです」

甘口だけどな。と、口の中で付け加えて。
案の定、一気に飲み干して文句を言いたそうな顔になっている。

「で?今日はスコッチ?」
「あぁ、そっちにしてくれ」
「じゃあ…マッカランの12年ものなんてどうです?」
「任せる」

グラスに氷も入れずウィスキーだけを注ぐ。
何やら聞きたげな男の目線はこの際無視して。

「チェイサーは?」
「いらねェ」

思い通りの答えにまた浮かぶ微笑。
チェイサーとはキツイ酒などをストレートなどで飲む時に添える口直しの水などの事で。
『追い掛ける者』と言う意味を持つ。


──確かにこんなヤツ追っかけても追っかける方が大変そうだ。


などと一人で納得しつつ。
浮かんだ微笑はなかなか消えてはくれなかった。





「グラッド・アイです」

まぁた、始まったよ。と苦々しく思いつつもカクテルグラスに注がれたそれを一気に飲み干す。
洗い物を手早く終えたエースが早速始めたのは男が来る前の続き。
『色目』と言う名前のそのカクテルはベースが薬草系なので多少、癖がある。
にやけた顔でサンジの感想を待っているエースにグラスを返し告げる。

「…これは、好き嫌いが分かれるんじゃねェか?」

じゃあ、と既に取り掛かっていたらしく、新しいカクテルグラスを出してくる。

「キス・ミー」

馬鹿馬鹿しくて感想なんか出ない。出るのは溜め息だけだ。
とりあえずグラスを空ける。

「キス・ミー・クイック」

続けて出されたその名前に流石に疲れた声でサンジは答えた。

「…しつこい男は嫌われるぜ?」
「厳しいね〜。じゃあ、次」

まだやんのか、と言うサンジの突っ込みにも耳を貸さない。
深々と溜め息を吐いている間にカウンターに乗せられたのはコリンズグラス。

「フレンチ75。俺の大砲も味わってみない?」
「………75ミリも口径がホントにあるなら見てみたいけどな」

そう返してサンジはシェーカーを手に取った。

「あ、俺に返事くれんの?熱い夜になりそうだ〜vv楽しみ〜vv」

にやにや笑いながら両手を胸の前で組み合わせ気持ち悪い事になっているエース。
カクテルグラスを満たしエースに差し出す。

「コールド・デッキ。……一人で凍えてろ」

芝居がかった動作で崩れ落ちるエースを冷たく見遣る。
と、そこに今までその遣り取りを黙って眺めていた男が声を掛けてきた。

「何、やってんだ?」
「あぁ、コイツ俺を練習台にするんでね。困ったもんで」
「??」
「女の子口説く時の為にね」

未だ立ち直れないらしいエースがカウンターにべちゃっと体を倒したまま呟いた一言はサンジには聞こえなかった。

「……女の子を、じゃなくて練習台、でもないんだけどな」


どうにも、今のカクテルが口説き文句になるとは思えなかったらしい。
サンジが答えたのにも拘らず、納得行かないような顔で、その辺にほっぽり出してあったメニューを開いて眺めている。

「何でそんな分かりづらい奴でわざわざ口説くんだ?もっと、直接的な名前の奴があるじゃねェか」

キス・ミーなんかは充分直接的だとサンジは思うのだが、確かにリストの中にはもっとどぎつい名前の物もある。

「分かってないなぁ。そんなはっきり言われて喜ぶ女の子が居るか?」

酒も入った事もあるが、根本的な所で間違ってる気がしてサンジはつい、タメ口になっていた。
如何に女性に気分良く飲んで頂くか、に、心を砕いているサンジとしては聞き捨てならない。

「遠まわしに、綺麗な言い回しのほうがいいだろ?…アンタ、いきなりヤらせろとかホテルに連れ込もうとするタイプだろ」

いきなりのタメ口にか、それとも図星だった為か。
男が目に見えて焦った。

「女の子だって気分良くムードも雰囲気も良くそっちにもって行った方が勝率高いと思うぜ?」
「そんなもんか?」
「コイツみたいにしつこいのはダメだけどな。…恋は駆け引きも大事だろ?がっついてばかりじゃダメだぜ?」


──何で、こんな仏頂面の男にこんな恋愛指南みたいなことしてんのかな、俺。


ふと、頭に浮かんだ疑問は覗き込んだ男の瞳が思いのほか真剣な色を含んでいた為、どこかに消え去った。




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